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響くプレゼンと響かないプレゼンの差は何なのか、16歳のグレタさんと17歳のマララさんを比較して見えるモノ。

いよいよ夏期講習も大詰めを迎えつつあり、今週末は千葉県統一テスト・進研Vもぎ・数検と大きな流れが続くため、スタッフたちも準備に追われている状況です。スケジュール的に色々とムリを強いられる局面が続いており、恐らくはウチの塾だけでなく、どこの塾も、いや、すべての業種で重く業務負担が圧し掛かっているかと思われます。

私も例年以上の負担と猛暑で何度もダウンしそうになっていますが、寸前でどうにか持ち堪えています。
例年は夏に必ず過労で1度は倒れて40℃近い高熱を出していますが、このような社会情勢ゆえ、特に体調管理を気をつけているのが功を奏しているという点では、数少ない収穫かもしれません。

夏期講習から入ってきたお子さんたちも、その大半が秋以降も継続して受講するということで、これから入塾書類の準備に追われることになります。本来はもう終わってなければならないところですが、さすが今回の30日間夏期講習では余力も残っていませんでした…来年の夏期は元通り22日間に戻せたらいいなと思いつつ、今年の夏には叶わなかった合宿もやろうかなと青写真を描いています。

さて、今日はタイ・バンコク在住のAsian Identity Co., Ltd. CEO & FounderのJackさんという方のブログより、プレゼンテーションの比較論をご紹介します↓
少し長いですが、ぜひご一読下さい。

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環境問題について国連で訴える16歳のグレタ・トゥンベリさんのスピーチが話題になっている。
よくぞ言ったという賛辞もあるが、一方で「心に響かなかった」という感想も多い。僕も、国連の場で16歳がここまで訴えられるのは素直に立派だと思うけど、残念ながら共感するまでには至らなかった。

何か響かないなーと思って、同じような年恰好で世界でスピーチをした、ノーベル平和賞受賞者マララさんのスピーチと見比べてみた。
2014年当時、彼女が17歳の頃のスピーチだ。

2つのスピーチを比較すると、グレタさんには申し訳ないが、共感を呼ぶスピーチには何が必要かというヒントが色々とわかる。以下、気づいたことを列記してみたい。(なお、スピーチにおける主張そのものはおいておいて、あくまでも「プレゼンの仕方」についてのみの感想だ。)

ゆっくり話し、「間」を取る

グレタさんのスピーチとマララさんのスピーチで大きく違うのは「間」だ。マララさんは実にゆっくり間を取っている。グレタさんは一言一言の間に間がなく、焦りながら話しているように見える。またマララさんは間を取りながら、聴衆をゆっくり見渡す、視線の動かし方もとても上手で、プレゼン全体の信頼感を高めている。

感謝で始める

多くの有名なスピーチがそうであるように、スピーチは主催者や関係者への謝辞で始めるというのが鉄則だ。マララさんはそれを忠実に実行し、主催者や両親、そして世界中の人々に感謝している。

それに対してグレタさんはいきなり主張から始めてしまっている。グレタさんの場合は表彰されているわけでは無いが、この場に立たせてもらっていることへの感謝などから始めるのは一つのマナーであるし、紳士的なふるまいは好感度を上げる。

感情をコントロールする

2人でとにかく対照的なのは感情の込め方だ。マララさんは非常に穏やかに、時に笑顔をたたえながら話すのに対して、グレタさんのスピーチは怒気に満ち、怒りが表情にあらわれてしまっている。もちろんTPOもトピックも全然違うのだが、やはり怒りに満ちたスピーチというのは聞いていて気持ち良いものではない。少なくとも応援したい、共感したいという気持ちになりづらい。

話す相手を間違えない

グレタさんは世界のリーダーに向けてのメッセージを伝えているが、実際に聞いている聴衆の全員がリーダーではなくおそらく国連の職員や報道陣もいるだろう。リーダーを責めたくなる気持ちは理解できるが、聞いている聴衆は自分が身代わりとなって批判をぶつけられている気分になってしまう。

対してマララさんも、世界の差別や紛争など大きな政治課題を問題視しているという意味では同じだが、政治課題を共通の敵として、聴衆を味方にすることに成功している。スピーチはあくまで、自分の目の前にいる人に向かって話すべきだだろう。

共感を生む言葉遣いをする

グレタさんのスピーチにはYouを主語にして相手の行動を指摘したり、時に責めるような表現がしばしばみられる。

グレタさんの表現:

“You have stolen my dreams and my childhood with your empty words.”(あなたたちの空虚な言葉で私の夢や子供時代は奪われてしまった)

“You are failing us. But young people are starting to understand your betrayal.” (あなたたちには失望した。しかし若者たちはあなたたちへの裏切りに気づき始めている)

それに対してマララさんはIやWeを主語にして、皆に呼びかけるような表現を使っている。
(グレタさんにもそれが無いわけではないが、相手を責める表現があまりに強いのでその印象が勝ってしまう)

“As far as I know, I am just a committed and stubborn person who wants to see every child getting quality education, who wants equal rights for women and who wants peace in every corner of the world.”(私が知る限り、私はただ、全ての子供たちが質の高い教育を受けることができることや、女性が平等な権利を持てること、そして世界の隅々まで平和であることを願う、熱心で頑固な人間でしかありません)

“So let us bring equality, justice and peace for all. Not just the politicians and the world leaders, we all need to contribute. Me. You. It is our duty.”  (平等さ、正義、そして平和を実現しましょう。政治家やリーダーだけでなく、皆が貢献しなくてはいけません。私。あなた。それは私たちの義務なのです。)

Let us begin this ending.
Let this end with us.
And let us build a better future right here, right now.
(「終わり」を始めましょう。私たちで終わらせましょう。今、ここから新しい未来を築きましょう)

というわけで、いくつか象徴的な違いを列記してみた。比較してしまってグレタさんには申し訳ないが、環境問題について主張する事自体は良い事だけに、伝え方がもう少し良かったらもっと多くの人の心に届いたのではと思わざるを得ない。まだ16歳なのでこれをきっかけに立派なリーダー、コミュニケーターに成長していってくれることを願うばかりだ。

追記

グレタさんがアスペルガー症候群であるという記事をこの記事を書いた後に読みまして、彼女のコミュニケーションスタイルの背景について少し理解が深まりました。当記事は彼女自身を批判する意図は全くなく、「良いプレゼン=人を動かし、目的を達成すること」とした場合に、効果的なコミュニケーションをするにはどういうことが大切かを考えるために書いています。念のため追記しておきます。

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伝え方というのは、どんなに良いことを言っていたとしても言葉ひとつで慈愛にもなるし、刃にもなりかねない代物です。
ただ、私も心掛けていることですが、叱るにしても、そこに「愛情」があるかということは大切にしています。

愛を持って変えていく…これは、若い頃には私もなかなか気づけなかった本質でした。
若い頃は己の実力を持って制していくという考えが根底にありましたから…年を重ねて、円熟味を増して、社会の理不尽さを受け入れつつも、より良い未来を創造する。ここまで先人たちが成し得てきたことではないかなと私は個人的に思うところです。

少なくとも、愛のない言葉や、他人を責めてばかりの言葉を並べたところで、人の心には響かないというのは長く生きていれば分かります。
ウチの塾でも、このような心理をどのように塾生たちにマインドセットしていくか、悩ましいところですね。必ず成し遂げますが(笑)。

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