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「自立」していい、でも「孤立」は違う。

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誰にも頼らず生きていくことが「自立」だと思うなら、それはとんだ勘違いだと私は考えます。

 

 

この世の中には何でもモノが溢れ、手に入らないモノがないくらい便利な世の中になったおかげで、人に相談したりお願いしたりする必要がなくなった感があります。

 

 

そして、一部の成金の方々が言うに、

 

 

「カネさえあれば、誰にも頼る必要はない」

「人間は裏切るけど、お金は裏切らない」

 

 

と言い張って、物理的欲求を満たすことこそ “幸せ” であるんだと正当化する世の中に突入して、“勝ち組” “負け組” 論争を展開するわけですが、どんだけ人を信じていないのかがよく分かります。

 

 

「自立」のつもりが、「孤独」になってないですかね、これ?

 

 

誰にも貸しをつくらずに生きていきたい、うまくやって成功したい…などなど様々な思惑や想いのウラには “利益を人に分けたくない” という私利私欲が透けて見えてきます。単なる欲の塊:エゴまみれ人間ということです。

 

 

自分さえ得をすればいいという考え方が蔓延することは、行き過ぎた資本主義と、アメリカ的な合理主義の成れの果てだと、私は強く感じます。

 

 

合理主義というのは、常に「どっちが早いか?」「どっちが有利か?」という比較ばかりです。

 

 

「どっちが心地いいか?」「どっちが好きか?」というような人間的な感情は、完全に置き去りにされているのではないでしょうか。

 

 

行き過ぎた個人主義によって「情」がなくなり、「人情」「友情」「親愛の情」といった人間味が失われていくことに危機感を抱くのは、私だけではないはずです。

 

 

情は、情を引き寄せます。情のあるところには、情のある人が寄ってくるもの。

周りが薄情な人ばかりと思うなら、それは自分がそういうことをしているからです。

 

 

人間って “鏡” のようなモノです。自分が開けば、人も開くわけで。

自分が閉じてしまえば、相手も閉じてしまうんですよね。

 

 

人を裏切るから、自分も裏切られる。

冷たくて薄情なその人は、“鏡” に映った自分自身の姿だということでしょう。

 

 

18年間この仕事をしてきて、平気で人を裏切る子をたくさん見てきたし、年々着々と増えてきているのを痛感しています。人の「心」の痛みが分からないからでしょう。

 

 

AQURASという塾で、私はどんな背中を塾生たちに見せていけば、情に厚い若者に育てていけるのかを自問自答しながら、今日も、そして明日以降も、塾長の背中を見せ続けていこうと改めて思います。

誰にも頼らず生きていくことが「自立」だと思うなら、それはとんだ勘違いだと私は考えます。

 

 

この世の中には何でもモノが溢れ、手に入らないモノがないくらい便利な世の中になったおかげで、人に相談したりお願いしたりする必要がなくなった感があります。

 

 

そして、一部の成金の方々が言うに、

 

 

「カネさえあれば、誰にも頼る必要はない」

「人間は裏切るけど、お金は裏切らない」

 

 

と言い張って、物理的欲求を満たすことこそ “幸せ” であるんだと正当化する世の中に突入して、“勝ち組” “負け組” 論争を展開するわけですが、どんだけ人を信じていないのかがよく分かります。

 

 

「自立」のつもりが、「孤独」になってないですかね、これ?

 

 

誰にも貸しをつくらずに生きていきたい、うまくやって成功したい…などなど様々な思惑や想いのウラには “利益を人に分けたくない” という私利私欲が透けて見えてきます。単なる欲の塊:エゴまみれ人間ということです。

 

 

自分さえ得をすればいいという考え方が蔓延することは、行き過ぎた資本主義と、アメリカ的な合理主義の成れの果てだと、私は強く感じます。

 

 

合理主義というのは、常に「どっちが早いか?」「どっちが有利か?」という比較ばかりです。

 

 

「どっちが心地いいか?」「どっちが好きか?」というような人間的な感情は、完全に置き去りにされているのではないでしょうか。

 

 

行き過ぎた個人主義によって「情」がなくなり、「人情」「友情」「親愛の情」といった人間味が失われていくことに危機感を抱くのは、私だけではないはずです。

 

 

情は、情を引き寄せます。情のあるところには、情のある人が寄ってくるもの。

周りが薄情な人ばかりと思うなら、それは自分がそういうことをしているからです。

 

 

人間って “鏡” のようなモノです。自分が開けば、人も開くわけで。

自分が閉じてしまえば、相手も閉じてしまうんですよね。

 

 

人を裏切るから、自分も裏切られる。

冷たくて薄情なその人は、“鏡” に映った自分自身の姿だということでしょう。

 

 

18年間この仕事をしてきて、平気で人を裏切る子をたくさん見てきたし、年々着々と増えてきているのを痛感しています。人の「心」の痛みが分からないからでしょう。

 

 

AQURASという塾で、私はどんな背中を塾生たちに見せていけば、情に厚い若者に育てていけるのかを自問自答しながら、今日も、そして明日以降も、塾長の背中を見せ続けていこうと改めて思います。

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