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「おじさん」イメージの広がりは、社会にどのような影響を与えて、今後どう変わっていくのか?

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ウチの高校生たちが、各高校の文化祭の準備で疲れ果てていますね。

確かにクラスみんなで取り組むべき事案だとは思いますが、よく分からないのは、勉強の時間も確保したい!と主張する子たちが、文化祭の出し物を指揮するクラスのリーダー格やその一部の仲間たちから非国民みたいな冷たい目線を向けられ、この時期に勉強するとかあり得なくない?と周囲に意図的に同調を求めて孤立させていく手法です。

みんなで協力して文化祭を成功させるのは素晴らしいことなのに、そんな同調圧力をつくりあげて、見解の違う他人を追い込んでいくのは違うと思います。勉強の時間を確保したいと言ってる子もクラスの準備を手伝っているのに、少しベクトルの方向がズレているだけで集団リンチに追い込んでいく。それも、進学校で…です。

日本社会の悪い構造なわけですが、そんなこんなで興味深い記事を見つけたので、今日はこの内容をご紹介します↓

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おじさんイメージはこうして形作られた

大卒が学士様と崇められていた時代、サラリーマンは社会的なエリートであった。それは単に男性にとって「理想」であっただけではない。1950代後半には、女性から「理想」の結婚相手として、開業医よりも圧倒的に人気があったという。

まだ、農業や個人商店などで人々が生活の糧を得ていた時代に、経済的に安定していたサラリーマンは、「いい学校→いい会社→いい家庭→いい人生」という「理想」のライフコースのイメージを広める役割を果たした。

高度成長期を通じて、サラリーマンは多くの男性とその家族にとって遥か彼方の「理想」から、たどり着けるかもしれない「夢」へと変化する。

しばしば右肩上がりと表現されるこの時代だが、実際には、好況と不況の繰り返しであった。重要なのは、全体的には高い経済成長率を保っていたこと、そして、何より不況の後には必ず好況がやってくると信じられたことである。

このような安心感をベースに、地方から東京、大阪、名古屋といった大都市に出てきた若者たちは、自由恋愛によって結ばれ、プロポーズからハネムーンまで商品化された結婚をめぐる一連の儀式を経て、男性稼ぎ手モデルを前提とする性別役割分業に基づいた家族を形成していった。

男性が会社に雇われて働くサラリーマン化、そして、ほとんどの人が結婚する皆婚社会化の二つの条件が揃ったことで、「男は仕事、女は家庭」という分業が一般的になる。出生率も1974年までは2を超えており、イメージとしてのおじさんと実態としてのおじさんが、最も接近した時代であった。

ただし、あくまで「夢」が競争を促すための原動力である以上、現実には誰にでも手に入れられるわけではなかった。「夢」としてのサラリーマンは、実際の平均的な人々の生活水準よりも高めに設定されていたのである。カー、クーラー、カラーテレビの3Cは、どこの家庭にも普及したのではなく、あくまでみんなが欲しいと願った「夢」の耐久消費財だった。

自分を「中の上」と思い込んでいた日本人

興味深い事実がある。1970年代半ば、富裕層の半数程度しか自分たちの暮らしぶりを「中の上」としか認識していなかったが、他方で、経済的には貧困層に位置づけられる人々でも、それなりの数が自分たちを「中の上」と考えていた。

高度成長の恩恵が広い範囲に行き渡っていたため、ある程度の経済格差があったとしても、日本で暮らす人々が一体感を持てたのだと考えられる。

やがて働くことが、ほぼ会社に雇われて働くことと同義になっていく中で、サラリーマンは「夢」から「平凡」へと転落する。1980年代後半には、現代でも「平凡」なサラリーマンを揶揄する言葉の定番である「社畜」が登場した。

この時期には、働きすぎを原因とする過労死が社会問題となっていたこともあり、「平凡」な生き方にすぎないはずのサラリーマンは、見返りよりも損失の方が大きいのではないかという疑念が浮上しつつあった。

その後、「もはや会社にぶら下がって生きていける時代ではない」との警告が、1990年代前半のバブル崩壊、2000年前後の大量リストラ、そして、2008年のリーマン・ショックをきっかけに、わずか二十年足らずの間に三度も繰り返される。この間、常に経済格差は拡大し、社会学者からはもはや日本は格差社会ではなく階級社会だという主張もなされた。

2010年代には、性別役割分業に肯定的な若者が増加し、それを保守化と捉える向きもあった。しかし、豊かさも貧しさも親から子へと連鎖する階級の固定化に加えて、とりわけ20代では男女問わず非正規雇用の多くなったこともふまえれば、的外れの指摘だと言える。

一人が働けば家族を養えるという男性稼ぎ手モデルは、「平凡」から「夢」へ、そして、「夢」から「理想」へと急速に反転していったのである。ただし、高度成長が後に控えていた時代とは異なり、この「理想」はほとんど実現の可能性がない以上、「理想」ではなく「虚構」と表現する方が適切かもしれない。

もちろん、正社員で既婚・子持ちという「標準」を基準・モデルにしてしか自己規定できないことに対して、多くの中高年男性たちが無自覚すぎるのは確かである。男性という性別が、自分の生き方にどのような影響を与えているのかを当の男性たちが意識することが、イメージとしてのおじさんを更新する上で大切な契機の一つであることは間違いない。

ただし、それ以上に重要なことがある。歴史家のE.H.カーは、1961年にケンブリッジ大学で開催された講演の中で、次のように主張した。「自分の社会的および歴史的な状況を超越するという人間の能力は、それに自分がどんなに巻き込まれているか、それを認める感受性の如何によって左右されているように思われます」。

男性たちに自分の人生を反省的にとらえなおす機会を提供しないような社会とはどのような社会なのか。そして、おじさんのイメージがいつまでも更新されず、それを人々が現実と見紛う社会とはどのような社会なのか。現状を超えるような未来を描きたいのであれば、おじさんを「時代遅れ」の象徴として切り離すのではなく、過去と現代の連続性を認めてこの二つの問いに向き合うしかない。

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文面を私も拝見した限り、これは賛否両論出る内容ではないかなと思いましたね。

どの時代でもおじさんという「存在」の意味するところは変わらないけど、実際の中身は変遷していて、そこをちゃんと意識しておくべきではないでしょうか。

平成に入って経済が成長しなくなっていく中、技術革新や情報化は進みました。グローバル化が進んで、人もモノもチープになった感もあります。中国の台頭などで人件費の安い地域に工場が集まり、どんどん安値競争が標準化されていく。

おじさんの「存在」というのは、まだ価値観が全員会社員、全員結婚を目指すべしとされ、会社は年功序列、団地妻は専業主婦で子供2人を標準として設定されていました。

これまでの時代は、何も考えず、適合する、最適化すればよかったわけで、階段を上がれば利権も付いてくる…それが年功序列社会でした。崩れるまでは…。

崩壊後の荒波を乗り越え、何とか適合したと思ったら、子ども世代はグローバル社会を生き抜くサバイバル戦をやっているんですよね。ここからは、年功・人種・性別など関係ない社会になっていくでしょう。

「団塊世代」とか「ゆとり世代」などの呼称、ステレオタイプ的に人をイメージするのはもう止めたほうが良いと感じるのは、私だけではないのかなと思うところです。

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