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復興を告げる「さんま」と自衛隊。

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今年はもう終わってしまいましたが、秋の風物詩「目黒さんま祭り」、ご存知の方も多いかと思います。

 

毎年、目黒区の友好都市・宮城県気仙沼市からの新鮮なさんまを炭火で焼いて、大分県臼杵市産のカボスを添えて無料で来場者に配るイベントです。

今年は節目の20回目を迎えたため、記念として前日の9月19日(土)に前夜祭(無料ジャズライブや友好都市物産大市)、当日20日(日)に気仙沼市の郷土芸能の披露も行われたそうです。

 

私は、肉より魚の方が好きです。

こと「さんまの塩焼き」に関しては、霜降り和牛のステーキより何十倍も大好物です(笑)

 

幼い頃は、そもそも肉などほとんど食べさせてもらえませんでした。

朝はアジの開きが定番。夕食だけでなく、おやつですら、焼いたさんまでした(笑)

 

塾のH.Pの塾長プロフィールのページに書かせてもらっています。

私は、全国有数のさんま水揚げ量を誇る、女川町が故郷です。

 

それと、私は1年で「秋」が最も好きです。さんまの旬だからです。

最高に脂の乗ったさんまを、町中みんなが家族みたいな小さな港町で、夕暮れにお酒を飲みながら楽しく語る大人たちと子どもたちが笑顔でほおばる光景を今でも覚えています。

私はその中でも、さんま茶漬けが塩焼きに並んで最高の大好物でした。

脂の乗り切った最高のさんまを、お茶をかけてさらさらっと頂く。絶品です。

 

そんな幸せな幼児期の思い出を暗転させた、忘れることのできない悲劇がありました。

 

知らない方は、まずいないでしょう。

2011.3.11、東日本大震災です。

 

3.11の翌日、地獄の光景をスマホのワンセグで朝早くまだ電気もつけてない真っ暗な教室の中、ニュースをつけて突き付けられました。

 

当時私はまだサラリーマンだったため、電車が全部止まってしまい帰れなくなって、教室で一夜を過ごしていましたが、駅のロータリーは帰れなくなったサラリーマンや学生で夜中から明け方までずっと溢れかえっていました。都市部とはいえ、異常な光景でした。

 

すべてが悪夢と化した、地獄絵図。

これまでの人生で記憶にない、ガレキの山と化した惨状。

 

言うまでもなく、あの大津波のことです。

 

女川は原発もあるので、これは…と思いながら。

仙台もTVからとはいえ、とてもじゃないけど見れる景色ではありませんでした。

 

秋の紅葉が美しい季節に、最高のさんまで盛り上がる故郷が一瞬にして廃墟と化した恐怖。

 

あれから一度だけ、親族が1人津波の犠牲になってしまったので、女川に戻りました。

仕事もあるので、なかなか戻れない日常の中、駅舎がない女川駅を見て、心も深く哀しみに包まれちゃいました…。

 

TVでしか拝見できませんでしたが、自衛隊の人命救助には心を打たれました。

自らの危険を顧みず、救える命を救い、一命を取り留めた方々に物資を調達し、ガレキの山を撤去していく。もちろんアメリカをはじめ、各国の部隊の方々にも胸を打たれました。

先日の鬼怒川の河川氾濫による大災害でも、自衛隊はあれだけの被害規模にもかかわらず、死傷者をほとんど出さず救ってくれました。本当に、普段からの想像を絶する鍛錬と精進があってこその、尊い仕事なんだなと、ここでも改めて感服させられます。

 

それにしても、こうして自衛隊が国民を救うために修羅場で闘っているにもかかわらず、よく分からないことをされている方々もいらっしゃるようです↓

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迷彩服は学校にこないで!~三鷹市の自衛隊参加・防災訓練に抗議

三鷹市総合防災訓練は(中略)陸上自衛隊練馬駐屯第1師団の部隊が参加して行われることが(中略)わかった。

自衛隊参加に気付いた市民が、「このままでは練馬で行われたように、迷彩服・銃を携行しての行軍につながる」「学校に迷彩服自衛隊はいや!」と呼びかけ、ビラ入れ、メール ツイッター、ファックス、電話、口コミで賛同人・団体を募った。(中略)三鷹市の防災課長に清原三鷹市長あての要請書「防災訓練への自衛隊の参加を取りやめてください!」(賛同:11団体、80名)をピースサイクル三多摩ネット代表・大森進さんが提出し、迷彩服を着た自衛隊の参加を取り止めるよう申し入れた。(中略)また、三鷹9条の会の神田弁護士らは、「自衛隊参加による防災訓練の中止を求める意見書及び申入書」を清原三鷹市長に提出している。

自衛隊の参加を取りやめるように要請書を提出した市民が会場の三鷹市立井口小学校の門前に立ち「カレーライスは住民の手で」「自衛隊ではなく専門の救助隊を」のバナーをもってスタンディング、ビラを配布した。

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このニュースについて、落語家の立川談慶さんは「バカ丸出し!」と批判しています。

私も、この方々は何なのかね…と考えさせられてしまいます。

 

私は政治家でもないし、正直まったくエラそうに言える立場ではありません。

 

でも、思ったんですが、こういった方々に限って、本当の災害のときに「自衛隊の出動が遅い!行政の怠慢だ!」とか騒ぐんでしょうね。大体こういった方が最初に逃げ出し、何もしないで文句ばかりを言っている世の中です。

 

今となっては4年前の3.11の震災時にも、自衛隊の方たちは身を粉にして救援活動を行っていました。そして場合によっては、自分の家族よりも先に多くの方たちを救って来ました。


こういったことを言っている方々は、現場を知らなすぎるんじゃないでしょうか。

 

4年前の3.11の悲惨さ、そこにおける自衛隊の活動は大半の国民の方々がご存知でしょうし、あの状況では訓練されていない一般人では何もできないことは皆さん知っているはずです。


それでも、こういったことを堂々と言っていること自体、本当に非常識極まりないとしか私には思えません。それぞれの立場の主義主張があるとはいえ、これはちょっとなぁ…。

 

こういった身を粉にして私たち国民のために尽くしてくれた自衛隊の方々などのおかげで、私の故郷の女川も、少しずつ復興への道を歩き始めました。駅舎も新しくできて、石巻線も復活しましたし。

 

私の親族たちも、仕事を失った者も出ましたが、みんな前を向いて生きています。

 

人の命など限られています。悲しむだけ悲しんだら、前向きに明るく生きないと幸せな時間が減っていくだけですから、そういう点でも救われた気がします。

 

あの大津波から4年経った今秋、岩手の大船渡港では、さんまが震災後一番の豊漁となったとのこと。女川のさんま船の水揚げも丁度今頃でしょう。

 

1人でも多くの方に、女川の美味しいさんまを食べてほしいなぁと願っています。

でも、こうした復活の背景には、いつも犠牲になった方の苦労や、縁の下の力持ちの方々の力あってこそだというのを、いつまでも忘れてはいけないなと思います。

 

仕事の折を見て、私も女川のさんまを食べに、故郷に戻ろうと思います。

そして、再び英気を養って、日々の仕事に打ち込みます。

 

女川はとっても豊かな漁村です。

この時期、さんまが一番美味しい時期です!旅行される方、ぜひお立ち寄り下さいね。

情が入ってしまい、長くなっちゃいました。

時間を割いて読んでくれた方、申し訳ありません。

 

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