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ペンは剣よりも遥かに人を「殺す」兵器。民衆総出で袋叩きにする社会、もうやめませんか?

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先日、私の友人であるAmazon第1位「防衛大で学んだ無敵のチームマネジメント」著者の濱潟 好古さんから新著が届いた。表紙裏にサイン付きで。これはプレミアものだなと。

 

濱潟さんほどの人格者とお付き合いできているのは、私にとっても光栄な話。

彼ほどの人間力を持って行動できる人ばかりなら、この国はスゴく良くなるんだが…。

 

今日は、個人的に思うところを。

それなりに感情論入ってしまうので、予めお詫びさせてもらいたい。

 

私が高校1年生の頃、引退が決まっている安室 奈美恵さんが一世を風靡した時代に突入した。「アムラー」と呼ばれるガングロのコギャルは私のクラスにも何人もいたし、それぞれが時代の先を行くファッションや音楽に魅了された時代、その流れをつくった人が小室 哲哉さん。大人の世代で恐らく知らない人は、ほとんどいないのではないだろうか。

 

私は小室さんのファンでもなんでもないけれど、時代のムーブメントを先導し、新しい価値を創り上げたその計り知れないパワーは、もはや神の領域であり、私も塾を主戦場としているとはいえ同じようなことをしているので、心底その凄さに敬服しているわけで。

 

先日から世の中を騒がせている、週刊文春による小室氏を引退に追い込んだ話。

当事者ではないので言及する立場にないが、心底不快で相当腹立たしいというのが本音。実際に小室さんが過去から現在までされてきたことの正否以前の問題だ。

 

東大合格者No.1の開成高校の「ペンは剣よりも強し」という言葉、聞いたことがある方は多いはず。言論・文筆のチカラは、武力に勝る…素晴らしい格言だと思う。

 

それが、今では「ペンは剣よりも人を殺している」という、言論・文筆のチカラを用いて人を抹殺する徹底した弱い者イジメの構図が時代のスタンダードになってしまった。

 

政治家や有力者には報復を恐れて媚を売り、世に伝えるべく書くべきことを書かないチキン野郎の集団の割には、他人のどうでもいい不倫話などを面白おかしく書き立て、特定の人を社会的に抹殺し、しかも責任すら取らない。我こそが正義の代弁者だと言わんばかりのドヤ顔。

 

雑誌を売るためには、ジャーナリズムも何もあったものではない。

ただの吠えている弱い犬と同じ。そして、そんな歪んだジャーナリズムの情報を真に受けて批判や非難・悪口ばかりしか言えない情報弱者の一般人。

 

新聞の購読率がどんどん下がる。TVの視聴率が下がって観なくなる。当たり前。

こんなに情報を自分たちに都合よく操作していれば。個人のブログやSNSの方が、よっぽど真実が記されている。マスコミは、自身ではなるべくして首を絞めているわけで。

 

学校のイジメ問題なんて、なくなるわけない。

大の大人が、しかも権力を持った人間たちが、こんな形で袋叩きにしてイジメて、潰しているわけだから。そんな親の背中を見ている子たちの健全な「心」が歪むのは当たり前。それなりのステータスを持った方々が、なぜそこに気づけないのだろうか?

 

そして、その上辺だけの情報を鵜呑みにしていっしょになって批判して潰そうとしている方々は、そんなにヒマなのか?いや、ヒマだからそんなことしているのか。

 

他人をやっかみ、他人を嫉妬して、気に食わないから妨害する。

そんな貧相すぎる「心」だからこそ、あなたの生活レベルも所詮その程度なんじゃないの?とガチでツッコミたくなる。これが親なら、子どもが歪んで育つし、他人の幸せを願える子に育つわけがない。カエルの子はカエルに育つんだから。

 

モノが溢れた反面、長い不景気や成果主義の横行によって、人の心に余裕がなくなり、結果、他人を賞賛するのではなく。潰して抹殺する文化が当たり前になってしまった。振り上げた拳を戻すことができない民衆ばかりになってしまった。

 

しかも今回は他人のどーでもいい個人的ネタで、時代を変えてきた才能を無責任なマスコミが殺してしまった。

 

どうせなら権力者や政治家に斬り込めよ。

国を揺るがすレベルの巨悪に立ち向かって民衆に真実を灯を灯すのが、本来のジャーナリストの姿じゃなかったのか?強い者には弱く、弱い者には強い。死ぬほどカッコ悪いわ。

 

それが、思いやりがあって心配りができるはずの日本人の美徳なのか?

 

ペンは人間が幸せに生きていけるために使われるべきものであり、人を殺すために喜んでホイホイ使うのであれば、そんなペンなんて、この世から無くしてしまえばいい。いらない。だったら人の役に立つ剣だってあるのだから、そっちの方がいいとなってしまう。

 

己を高めるために厳しく、そして、周囲には優しく。

ともに高め合い、ともに喜びを分かち合い、ともに社会を良くするための活力となっていく。そんな戦後の美徳はもうないのか。確かに、今は金八先生の時代ではない。

 

だけど、こんなことをやっているから、いつまでも人の「心」が育たない。

こんな生きにくいギスギスした世の中を良くするためには、やはり民衆ひとりひとりが賢くなっていくしかないんだと、私は痛切に感じる。

 

何よりも、これからの時代を創る子どもたちの「心」がどんどん歪んでいく。

 

時代がどんどん変わっていくのは諸行無常の道理だが、古き良き時代に培われた「変えてはならない」美徳まで変えるべきではない。こんなことでは、日本人の良さは次の世代に伝わることはない。

 

何より、人の「心」の痛みが理解できない、底の浅い人間しか生み出さない。

ますます人間は他人との優劣をつけたがり、協調や調和という言葉は除外され、悪い意味で己の利益しか考えない個人主義者だらけの社会になってしまう。

 

私の考えが正しいとは思ってはいないが、さすが今回はブチッときてしまった。

読者の皆さんには皆さんなりの正論や正義もあると思うが、今日は申し訳ないと思いながらも、個人的に書かせてもらいました。

 

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