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そんなに死にたきゃ、死ねばいい。少なくとも、止める理由はない。

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この時期は受験生が一斉に勉強してるせいか、偏差値50の基準もボンボン上がっていくため、これまで同様フツーに勉強しているだけでは、良くて現状維持、悪いと勉強していても成績が下落することなど珍しくありません。

 

 

なので、結果を出したいのであれば、これまでの人生を白紙に戻して全否定するくらいまで自分を追い込んで勉強してほしいくらいです。少なくとも、勉強しすぎて死んだなんて話は聞いたことありませんし。

 

 

「オレもうこんな人生ヤだ、もう死にたい」

「こんなに勉強しても成績上がらないなら、死んだ方がマシ」

 

 

などと、本当に生死がかかっている方から見れば、殴り倒したくなるような戯言をヌカす情けない塾生もたまに出てきます。

 

 

結論から言うなら、

 

 

「死にたきゃ、死ねばいい」

「どうしても死にたいなら、オレは止める理由はない。おまえの意思を尊重するわ」

「もし死ぬんなら、他人様に迷惑をかけない方法で。ホームで電車の飛び込み禁止!」

 

 

でおしまいです。

生きてる限り「人権」はありますけど、『自由権』もありますから。

 

 

そんな、勉強ぐらいでいちいち死にたいなんて言っていたら、命がいくつあっても足りませんし。学校よりも社会に出て働いてからの方が、ノルマ達成のストレスや人間関係のストレスでよっぽど苦しいですし(働いたことのない受験生には知る由もないですが)。

 

 

大体、死にたいと言っている段階で、まず自分から死ぬことはありません

ほんとに自死する方は、相当追い詰められて、誰かに相談することなく逝ってしまうケースがほとんどです。

 

 

結局、誰かに「死ぬな」と言ってもらいたいだけです。

誰かに「死ぬな」と言われることで、己の弱さに向き合わず、慰めてほしいだけのこと。

 

 

だから、私は「死にたきゃ死ねばいい」と18年間そんなことをヌカす子どもたちにぶっ放してきましたが、未だに、ひとりもそんなことした奴はいないわけです。

 

 

むしろ、私がそんな過激な表現をぶっ放す度に、言われた子は「何だこの野郎!と」ナニクソ状態になって、それ以降は、みんな力強く生きてくれます(笑)いいことです。

 

 

生きてりゃ、いいことも悪いことも全部起こるし、それを毎回乗り越えていくから、新しい景色を見続けることができる。それこそが、人生の醍醐味です。死んでしまったら、そんな素晴らしい景色を見ることなく終わるわけで、ただただ勿体ないんですよ。

 

 

私の創ったAQURASという塾は、学力的にも精神的にも「強く」生きるための鍛錬の場、修行場、そして寺子屋です。

 

 

己の「心」に向き合い、弱さを少しずつ克服して、将来、幸せな生き方を自分の手でつかみ取れる「強さ」を身につけていく…ウチの塾生たちは、どんどん「心」が強くなっていくわけで、私も塾生たちのそういった姿を見ていて、たくさん刺激を受けています。

 

 

いちいち「死にたい」なんて言っている場合じゃないですから。

でも、死にたきゃ止めません。その先の意味は、子ども自身が考えるべきですし。

 

 

昨日で、稲毛スポーツセンター工房開校に携わった初期のスタッフが、次の夢に向かってAQURASを無事に退職となりました。彼女のおかげで、誰もいなかった稲毛の工房はどんどん塾生が増え、今ではとっても活気のある工房になりました。彼女に感謝です。

 

 

人は、常に「夢」を持って生きることで、輝いていくもの。

成長してるのは塾生だけでなく、スタッフも同じ。彼女の未来が、これから煌めきを放って強く生き抜いてくれることを、私も存分に期待したいと思います。

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